その地の踊り




 夜、軽やかに踊る人影がありました。
その白い服は新月の何も見えない漆黒の闇でもかすかに目にする事ができました。
ここに生きている者がいるのなら、悲しさが理由もわからず込み上げてくるような、儚さと切なさがありました。でも、決して誰かが来る事がないのです。
 踊る人は唯一人の少女だけでした。
ほのかに光るような白い服を身にまとい、踊り続けます。
何かを慰め、怒りや憎しみを一遍でどこかに飛ばせてしまう、そんな踊りを。
実の所、そんな踊りがこの場には必要だったのです。
 夜、誰も来ないこここそが彼女の生まれ故郷でした。
ある日の夜、少女は生まれたのです。

 徐々に日が昇り、少女はいなくなりました。光が闇を散らすかのように少女はいなくなりました。
いなくなったのは、少女がこれらを見たくなかったからかもしれません。
あまりに多くの屍を。
彼女の夜の踊りの観客たちの、痛々過ぎる姿を。
 夜、少女の踊りに慰められていた、がらんどうの目が一切の動きを止め、高い空を見ていました。
ここで、多くの人が死んでしまったのです。
深い理由もなく、ここで人々は動けなくなりました。
そのままずっと、誰も来ないまま彼らは忘れ去られていました。
 余りの長い時間、こうして地面に半分埋まったままの人々から出て来た恨みや憎しみ、怒りがこの地に留めようがないほどに膨れ上がってしまったのです。
このままだとその感情は怨念となり、他の地でもこのような光景が広がっていた事でしょう。
そんな中で、少女は生まれました。
 死んでしまった人々の善い心から、悪い感情ばかりになった人々の心に残っていた善い心から、少女は生まれてきたのです。
そして少女は踊り始めました。
悲しい踊りを。


 夜に、数多くのがらんどうの瞳が、少女を悲しそうに見つめていました。少女が踊っているこの時だけは、どんな怒りも怨みも憎しみも消え、ただただ悲しさが心を満たしたのです。
それは、むやみやたらに悲しい物ではなく、気持ちが不思議に静かになりすぎる悲しさでした。
 一体どれほど少女はこの地で踊りを踊った事でしょう。どれほど屍を慰めた事でしょう。
今では、その地で屍となった人々は悪い感情をさほど持たなくなりました。
誰も来ないままに。少女以外は。
 昼間は来られない少女はまだ、毎夜踊り続けました。
足の踏み場もないほど多くの、がらんどうの瞳の人間たちのために、少女は踊りました。
彼女が唯一踊る事のできる悲しい踊りを、地面の人々のために踊りながら、寂しい夜に踊り続けたのです。


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